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第2話・幽霊島へ行きまして 2

Author: 阿良春季
last update Last Updated: 2025-06-03 20:03:50

海竜。

 冒険小説の挿絵でしか見たことのない怪物が窓越しに存在していたのである。

 巨大な海蛇の化け物、海竜が荒れた波の中でその巨躯をくねらせてこの船に遅いかかってきたのだ。

 ドンッとまるで船が壊れたかと思うほど今まで一番大きな衝撃が船中に響く。

 海竜が船に体当たりをしてきたのだ。

「救命ボートを出します! 早く避難を!」

 船員が廊下の向こうで切羽詰まった大声を張り上げている。

 その船員の声にミオも慌てて着の身着のままで廊下の外に出た。船員達に促されて、甲板に出る間にも二度ほど海竜の体当たりによる大きな揺れに襲われる。

 その揺れに耐えきれず、ミオは小柄な体を廊下のあちこちにぶつけてしまう。なんとか這うようにして甲板に出た時だ。

「ひ……っ!」

 ミオは思わず顔を引き攣らせて悲鳴を上げてしまう。船と同じくらいの大きさの海竜がマストにその長い体を巻き付けようとしていたのだ。

「早くこっちへ!」

 船員に促されるも濡れた甲板は滑りやすい。ましてこの嵐と海竜のせいでひっきりなしで大きく揺れ続けているのだ。ミオの体がよろめき、ついに甲板の上に転んでしまう。

 べしゃりと膝を打つ痛みに遅れてドレスが海水に濡れていく。しかしそれよりも海竜に襲われるか、また揺れがあればそのまま甲板から海に転がり落ちてしまう可能性がある。

 早く立たなければ、と焦るミオの頭上を黒い影が一つひゅっと横切った。

「うおりゃあ!」

 低い気合いの声に空を見上げた先にはマストに絡みつく海竜に飛びかかる一人の影があった。

 人影、いやただの人ではない。全身肌が見えるはずの部分が美しいブルーグレーの毛皮に覆われている。そしてふさふさの尻尾が見えた。

 獣人だ。一人の獣人が海竜に勇敢にも飛びかかっているのである。

 獣人の勇ましい掛け声と共に獣人の身の丈もある大きな棍棒が振るわれる。その棍棒は海竜の脳天に吸い込まれるように落雷のような衝撃で叩きつけられた。

 その衝撃に海竜は一瞬怯み、獣人から間合いを測ろうと頭をマストから離そうとする。しかしその隙を獣人は見逃さない。

「でりゃああっ!」

 海竜の身体を蹴って跳び、まるで宙を舞っているかのような身軽さで海竜に飛び掛かる。そして今度は海竜の凶悪な牙が生え揃ったその顎をも、その棍棒であろうことかそのまま上空へと吹き飛ばすように殴りつけた。

 漆黒の巨躯はだ
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